当館は銅版画家・浜口陽三(1909-2000)の美術館です。この秋の企画展は書家として活躍中の石川九楊(1945年生れ)との二人展が実現しました。
石川氏は5歳で書に出会い18歳で本格的に活躍をはじめてから現在まで、半世紀にわたり書芸術の可能性を拡張し続けています。一見絵画のような作品は「書」の枠に収まらず、見る人に衝撃を与えてきました。
1982年頃からは書をひとつの物語のように展開させることを課題に、方丈記や徒然草など日本の古典文学をテーマにした作品に取り組みました。その集大成といえる「新・源氏物語書巻五十五帖」(2008年発表)の連作55点を、本展では3期に分けて全作紹介します。東京では初公開となるこの作品は、源氏物語の各帖を抜粋して書き綴ったもので、物語を象徴する一場面を表現したものもあれば、物語全体をイメージして構築されたものもあり、文字の一つ一つは石川氏の手を通して変貌した姿で現れます。「その筆ひっ蝕しょく(書きぶり)こそが作品の本質=表現だ」と氏は語ります。
一方浜口の銅版画技法であるメゾチントはベルソーという道具で銅版の表面に無数の点線を刻む作業― 「目立て」 から始まります。闇の中に光を含んで浮かび上がる造形、浜口のメゾチント作品には悠然たる個性が宿り、現在も世界中の人々を魅了しています。
書と銅版画は全く異なる芸術ですが、和紙に刻み込むように書かれた石川九楊の一点一画(筆蝕)の表現と、銅版に刻み込むことから生み出される浜口陽三の造形は、二人の作家それぞれの卓越した厳しい探求によって決定的なものとなり、目でみながら触覚で感じるような肌合いを持っています。作品に近づき、細部までなぞるようにご鑑賞下さい。二人の作品を同時に見ることによって、ジャンルや時代を越えて創作の根源に探る感覚を呼び覚ますのではないでしょうか。
(ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション ウェブサイトより)